バンコク郊外に破棄中、ポイ捨てジャンボジェットB747に登乗

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大型旅客機ボーイング747でバンコク入りした早朝に、スワンナプーム国際空港よりタクシーでラームカムヘーン道路へ向かいました。道路の名前のラームカムヘーンはスコータイ王朝時に、強大な領土獲得に上座部仏教の受領、タイ文字の創設と現在タイ王国の基礎つくった史上最高の王だと讃えられラームカムヘーン王に因んだものだとか。

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タクシーから降り、歩道橋渡る途中でバンコク中心部方面を撮影してみました。ラームカムヘーン道路はバンコク中心部と市東部を結ぶ主要道路で、渋滞で有名なバンコクでも特に混雑する道として有名です。左側の中心部へ向かう車線は通勤時間帯のためにかクルマで渋滞中で、反対車線のミンブリー方面はガラガラ状態。今回の目的地のポイ捨てジャンボは上の写真の右側奥にあるはずです。

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歩道橋を渡り、小学校を過ぎると見えてきたのがジャンボジェット!  歩道を歩く学生や地元の人には日常茶飯事となっているせいか、この異様な風景に全く目に入らないかの様に歩いていました。

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敷地内住んでいる住民に柵を開けてもらい、中に入りました。前回訪れた時にタバコ1箱で敷地内のガイドをお願いした男性とその家族はもう居ないと判明し、自分の息子と同じぐらいの歳の男の子・ピー君が案内すると言うのでxxxバーツで契約する事にしました。タイであれば野良犬がその辺に転がっています。特に此処のような空き地は要注意ですので、野犬避けと飛行機内住んでいる人への説明省略にガイドがいると心強いものです。

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全高20mにもなるボーイング747のノーズ部分と正対してみました。元オリエント・タイ航空の所有物だったのが何故か此処に廃棄中となっている代物。その隣にこれまた元オリエント・タイ航空のマクドネル・ダグラスMD-82が鎮座しています。噂には聞いていましたが撤去作業があったらしく、放棄されている機体の台数が減っていようでした。

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前日の羽田空港→スワンナプーム空港はボーディングブリッジでジャンボジェットに歩いて悠々と乗り込みましたが、本日のジャンボジェットは貨物室のハッチに身を屈めながらのご搭乗です。笑顔のCAさんは勿論おらず、暗闇が広がっているのみです。

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暗い機体内部を足元を確かめながら進んで行きます。ギシギシ軋む床に薄い木板が渡してありました。この小部屋に垂直に掛かる梯子があり、そこを登って客席に赴く特別搭乗ルートです。しかも梯子はリュックを背負いながら上がるスペース的余裕はなく、上でリュックを先に受け取ってもらい身体ひとつでなんとかという狭さでした。

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振り返って機体下部の貨物室を覗くと瓦礫の山また山。無理矢理突入しようものなら崩落してきそうで、とても近寄れそうもありませんでした。

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階段を登りきると広い空間に出ました。 周囲に取り外された窓枠が山の様に積まれています。窓枠が外されているということは、雨風が機内に侵入してしまうので風化が進む要因となってしまうので、部品取りと云うよりは浮浪者が住み着かないように土地のオーナーが対策としたのかもしれません。

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つい先程登った場所は本来カーペットで隠されていますが、この様な場所にあったりします。飛行中の不具合対応に機関士が此処から下階に降りて整備をする通路として使われるハシゴです。

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ジャンボジェットの鼻先に位置するファーストクラス区域に出ました。描かれている正面の壁は開くので、この中に貴重な品物がまだ残っていないか確認しようと一瞬迷いましたが、足元に散乱する瓦礫の山を目にして諦めることに。以前にアシアナ航空のファーストクラスに乗ったことがあり、その時との差が激しい...。

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ファーストクラスから機体後方に向かい、客室乗務員のギャレー区域まで来ました。以前に来た時には此処で生活をしている人が居たのですが、追い出されてしまったでしょうか?  全く人の生活の匂いのしない空間になっていました。写真左側に写る階段を上がると2階デッキに辿り着くことができます。

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窓だけでなく、ドアというドアが全て開いた状態になっています。色々聞きたい事があるものの、7歳の相手に土地オーナーとの経緯を尋ねても答えられる筈もなく、仮に答えを知っていたとしても、自分拙いタイ語では到底聞き出せないレベルの内容なので諦めました。一度タイ人の知り合いを連れてこようとしましたが、ネットで調べたのか、あそこは難民が住み着いているので行きたくないと言われた事があります。

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先程の階段を登ると2階の元ビジネスクラスであったであろう区域に出てきました。手荷物コンパートメントが残り、ファーストクラスより旅客機客室の姿を留めています。ただし、座席は全て取り外されており、全ての窓は全開、コクピットと客室を隔てるドアも無しとこれ迄乗った事のある旅客機のどれより開放的です。

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操縦席の前に入ると頭上から明かりが降り注いでいました。ここは本来は機体火災等のに利用する緊急脱出用ハッチのはずですが、こちらも解放中...。

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もぬけの殻と化した操縦席に入ります。ピー君がスロットレバーを前後に動かして遊んでいる時に少し話しをしてみました。話しの内容は学校の事や、おおまかな家族構成等です。スマホで自分の子供達のアホ動画を見せた時の食いつきがよく、少しの間でしたが、子供らしい表情を見せてくれました。

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ちなみに本来のボーイング747の操縦席は厳つい機器に埋めつくされています。これらは全て取り外されて売り払われてしまったのでしょう。

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ビジネスクラス区域はこの通りです。胴体が真っ二つになっているので、向こう側から明かりが入っており、全窓オープン状態と併せて明るく、風通しもよかったです。

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次の機体へと探索を進める事にします。こちらはオリエント・タイ航空が放棄したMD82です。オリエント・タイ航空(当時One-Two-Go航空)は2007年にバンコク発プーケット行きで着陸失敗により90名の死亡事故を起こしており、これを機会にマクドネル・ダグラス機から離れていきました。ここにMD82がある経緯は概ね推測できそうな気がします。

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MD82は隣りのジャンボジェットと比較して分かる通り、そこまで大きくないので客席アクセスは手前に見えるタイヤを踏み台にして攀じ登りました。

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客室はこのとおりです。座席は全て取り外されており、壁紙が完全に片方剥がされてしまい痛々しい限り。ピー君はスタスタと操縦席に行ってしまいました。

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まるで墜落事故にあったかのような機内の惨状具合です。窓が割れ、緊急用酸素マスクが下がっていました。

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ジャンボジェットと比べると、まだまだ原型を留めている操縦席です。それでも各種計器類は持ち去られており、機長席の操縦桿はあさっての方向を向いたまま。プーケット空港で着陸失敗した機体は炎上して原型を留めているはずがないので、この機体ではないと断言できるのですが、どうも気分が良くありません。

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探検したジャンボジェットとMD-82以外にも機体が奥に転がっているのですが、そちらは踏み入れない事情ができたらしく「見学不可」と変わっていました。ピー君の右奥に見える白い建屋(こちらも飛行機の胴体)がこの敷地に住む人達の住居です。遠巻きにコチラを見る刺青をした男性と洗い物をする女性の姿が見えました。

自分が此処に到着した頃は、制服を着た子供達が隣接する小学校に登校している時間帯でしたが、ピー君は自分がこの敷地にいる間の凡そ1時間ばかしをガイドとして自分と一緒にいてくれました。操縦席で学校に通っていると聞いたものの、最後までピー君に「学校に行く時間では?」の一言を尋ねられませんでした。それと、彼が素足で機内や外を歩いているのが気に掛かっていました。

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バンコクの開発が進む現在、飛行機の墓場となっているこの広い空き地が別の目的で利用されるのは時間の問題に見えます。その時には更に郊外へと機体移すのか、本物の飛行機をドンと中心に据えた商業施設ChangChuiのように客寄せに使うのか、いずれにせよ、遠くない将来にこの場所に変化訪れるはずです。